「ねぇ… これ・・どう思う?」
姉であるヘミョンが差し出してきたのは一枚の紙。
「なに・・指輪が欲しいなら、弟じゃない男に強請るべきだと思うけど…」
ヘミョンから差し出された紙を、シンは呆れた風に指先で弾く。
「馬鹿… よ~く見なさいよね、シン…。」
単にネットオークションにあがってるページをコピーしただけだろう…
そう思いながら、渋々と差し出された紙を手にとり、目を通す。
「これは―― 先帝の御印?」
指輪の内側に刻まれているのは紛れもなく、先帝の御印
「そうなのよ… ビックリでしょ?」
「こんなものが何故、ネットオークションなんかに?」
「姉さんも、こんなことを僕に伝える前に、キムに伝えるか、
宮内庁警察に申し出るなりするべきでしょう!」
声を荒げるシンは、紙を手に立ち上がった。
「でもね、シン・・ 宮内で泥棒が入ったなんて話は聞いたことがないでしょう?」
「と言うことは… これは先帝自身が誰かに贈ったものってことなのよ。」
「そうなりますね…」
「しかも、これ、サイズからして女ものなのよ…
まさかとは思ったんだけど―――。」
姉の言いたいことはすぐにわかった。
「先帝に愛人がいたとでも?」
シンの眼を見てコクリと大きく頷いたヘミョン。
「そうなると… あまり大事にはできないでしょ?」
シンは大きく息をつくと、再びソファーへと腰を沈めた。
「そうですね…。」
よりにもよって、何故こんなものがオークションなんかに・・
「ですが、いくら贈られたものとはいえ、
このような品をネットオークションに出すとは…
出品者は余程、この価値を知らぬか――」
「まぁ、御印なんて皇族関係者か、その手の研究者ぐらいしか知らないでしょうし・・
今回はそのおかげで大騒ぎにならずに済んだって言うか――。」
「ちなみにこの指輪は私が既に落札しておいたから。」
ニマッと微笑み、軽くウインクをして見せるヘミョン。
シンはもう一度、ヘミョンから手渡された紙に視線を落とした。
確かに、もうオークションは閉め切られている。
「では、大事になるまでに問題は解決した・・ そういうことですね。」
「まぁ、そうなんだけど…
「実はね、明日、その人物と実際に会って、指輪を受け取ることになってるの。」
「姉さん―――。」
「そこでシンにお願いがあるんだけど・・♥」
「お断りします!」
「なによ、シン。
用件も聞かずに断るなんて…。」
「聞かなくともわかります。」
「はぁ~、相手がクマみたいな男だったらどうしよう。」
ヘミョンは両手で両頬を押さえると大きく首を振った。
「どんなクマ男でも、姉さんにかかればアルフレッドの様なものでしょう…」
「ちょっと、それ、どういう意味よっ!」
「さぁ~」 くくくっと肩を揺らし笑うシン。
「取りあえず、此処が待ち合わせの場所と時間だから…」
そういうとヘミョンは小さなメモをシンに押し付けるように手渡した。
「遅れずに来るのよ!」
念を押すと、ヒラヒラ~と背中越しに手を振りながら、ヘミョンはシンの部屋を後にした。
「ったく…」
呆れたように姉の背を見送ったが…
興味深いな・・先帝の御印の入った指輪とは――
シンはヘミョンから受け取ったメモに目を通した。
♢♢♢♢♢
翌日、約束の時間の数分前
シンの携帯がポケットの中で震える。
「もしもし、シンっ?
あのね、私、おばあ様に捕まっちゃって、出れないのよ…。」
声を顰めて話すヘミョン。
「はっ・・?」
「だから、悪いんだけど、シン、一人で行ってきてくれる?」
「ちょ・・ちょっと姉さん?」
「相手の目印は青いパーカーだから…
名前はね、偽名かもしれないけど、シン・チェジュンっていうから…
じゃあ、よろしくね。」
「よろしくねって――。」
『プーッ・・プ―プ―・・・』
「・・・・・・。」
あり得ないだろう… 姉さん
興味本位で一応、近くまで来てみたが・・
だて眼鏡をかけ、眼深に帽子を被り、カジュアルな服装で身を包んだシン。
仕方なく指定されていた喫茶店のドアを開けた。
見渡せばチラホラと客がいる。
サラリーマン風の男に
カップルに… 主婦らしい集団・・
青いパーカーの男って・・
いたっ!
シンはゆっくりと、その青いパーカーの男が座る席へと近づき、声をかけた。
「シン・チェジュンさん?」
「は・・はいっ!」
俯きがちだった男はビクッと肩を震わせて、
カタンっと椅子を鳴らすと慌てて立ち上がった。
年の頃は14~5歳といったところだろうか・・
こんな子供が、あのオークションの出品者なのか?
姉は名前を名乗ったのだろうか…
いや・・なにがあるかわからないのに名を名乗る訳がない。
名乗ったとしても偽名だろう。
なんと名乗ったのか―――
仕方がない・・此処は適当に話をあわせて乗り切るしかないな…
「取りあえず掛けましょうか?」
シンはチェジュンにも席に着くように促した。
だがチェジュンはなかなか席には着かない。
「あのっ、すみません!
あの指輪はお売りできなくなりました。」
ペコリと勢いよく頭を下げたチェジュン。
予想外の展開にシンは一瞬、息をのんだ。
だが…
「そうですか・・
まぁ、貴方の年齢からして、あの指輪はあなた自身の物ではなかったでしょうし――」
いつもと変わらぬ冷静さを取り戻す。
「・・はい…。」
バツが悪そうにコクリと頷いたチェジュン。
「もしかして、最初から売る気がなかった・・もしくは、
そんな指輪自体、あなたが持ち合わせてもいないのにのにオークションに出品したとか?」
シンはだて眼鏡を人差指でクイッとあげながら、マジマジとチェジュンを見た。
「そ・・そんな事はないです。」
ブルブルっと小さく首を横にふり、チェジュンは肩を窄めた。
そんなチェジュンを見て、シンはフッと笑う。
「でしょうね…
最初からそのつもりなら、態々、こんなところにも来なかったでしょうし。」
「貴方は悪い人ではなさそうだ。
でも、何故急に売るのをとりやめたのですか?」
「そ・・それは… ブタにばれたから・・。」
「・・・・。」
ブタ・・?
全くもって不可解な話で――
「あんたっ、うちの食卓の平和を乱すつもりっ!」
ズバッと、シンの方を指さすチェジュンに、一瞬、驚きでシンは目を見開いた。
そんなシンを見て、引きつった笑いを浮かべながらチェジュンが言葉を続ける。
「・・って、ブタがさ・・。」
「・・・・・・。」
ブタが食卓の平和?
ますます意味がわからない。
「まぁっ、取りあえず、もう少ししたらブタが来るんで…」
ブタが来る?
シンは眼深に被っていた帽子のつばを更に下げると
ふぅ~っと息を吐き出し、背凭れに背中を埋めた。
一体、こいつは何を言ってるんだか…
先帝の御印が入ってなきゃ、このまま放置して帰るのだが・・
暫くして店のドアが開く
「あっ・・来たっ!」 チェジュンが手招きをする。
「はぁ――っ、もうちょっとわかりやすい店にしなさいよ~
道に迷っちゃったじゃないっ!」 ムゥっと唇を尖らせたチェギョン。
「なに言ってるんだよ。
ブタが方向オンチなだけだろう…。」
「方向オンチって…失礼しちゃうわねっ!
それに誰がブタよっ、こんな可愛らしいお姉さまを捕まえて・・・。」
ペシッとチェジュンの頭を軽く叩く。
「いてっ!
自分の手や足を見てみろよ。」
チェギョンは言われるままにチラリと自身の両腕を交互に見遣る。
「ほら、美味そうな豚足♥」 ニッと悪戯っぽく笑うチェジュン。
「こらっ、チェジュン!」 もう一発御見舞すべく、チェギョンは手を振りあげた。
「あの・・失礼ですが…。」
完全に忘れられた存在と化したシンが口を挿む。
「へ・・・。」 振りあげた手をそのままに、視線をシンに向ける。
「 !! 」
「あはっ・・あははははは…。」
振りあげていた手をゆっくりと下ろしながら、貼り付けた笑いをシンに見せる。
そしてもう一度、チェジュンの方に視線を戻す。
「バカ、チェジュン!」
小声でキッっと睨みつけた後、チェギョンはチェジュンの横の席についた。
「えっと・・あなたは彼のお姉さんで?」
「えぇ・・。」
ブタって言うのは姉さんのことだったのか…
「弟さんから少し話は聞きましたが、なんでもあの指輪は売ってもらえないとか・・
あの指輪はあなたのものなのでしょうか?」
「もし落札した金額が気にいらないのなら、もう少し金額は出しても構いませんが――。」
「あのう・・指輪は私のじゃなくって、おじいちゃんのなの。
それに金額云々じゃなくって…。」
「おじいさんの…。 ではおじいさんに会わせてもらって・・」
「おじいちゃんはもう10年近く前に亡くなってるわ。」
亡くなっているのか…
では、あの指輪の事は何もわからないか――
それに遺品ともなればそう簡単には手放すはずもない。
「大切なものなんですね… その指輪は・・。」
「・・・えぇ・・まぁ・・。」
あれがなきゃ、うちの食卓はかたむいちゃうし…
シンはこの時、先帝の贈った指輪が、
まさか食卓の脚の調整に使われているとは露知らず――
諦めるか――
祖父の遺品ということなら、
今後は今回の様にオークションに出品されるって事にはならないだろう
だが・・
「わかりました。
あの指輪を売却してもらう事は諦めます。
ですが、実物を一度、見せてもらえませんか。」
ちゃんと確かめてみよう…
先帝の御印に間違いはないのか
もしかしたら模造品なのかもしれないし・・
「へ・・・。」
そんなに気にいっちゃってたのかしら… あんなシンプルな指輪なのに…
目をパチクリとしながらシンを見る。
「いいよ♪ 見るだけなら…減るもんでもないんだし♪」
チェギョンを押しのけるようにして、コクコクと2つ返事でOKするチェジュン。
チェジュンの了承を得て、シンはチェギョンへと視線を向ける。
「じゃあ・・・。」 仕方がないとばかりにチェギョンはコクリと頷いた。